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斎藤 佑樹(さいとう ゆうき、1988年6月6日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズに所属。 早稲田実業高校3年時にエースとして、夏の甲子園で田中将大擁する駒大苫小牧を決勝再試合の末勝利し優勝した。この大会で斎藤
62キロバイト (9,050 語) - 2020年11月22日 (日) 05:11






2 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:48:45.85

契約やろ


5 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:49:11.61

来年はリハビリ、勝負は2022年や


7 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:49:50.76

姿勢がいいんやろ


9 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:50:01.57

グッズで稼いだやろうしある種の功労者や


12 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:50:46.21

むしろ勝敗機会40超えてたのに驚くわ


17 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:51:51.07


(出典 i.imgur.com)

悲しい


24 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:52:18.13

>>17
来季は10勝してくれるかな


61 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 15:00:19.08

>>17
なんJ民「通算かな?」

なお


71 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 15:01:26.03

>>17
通算でも無理だとはなあ


22 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:52:09.00

2000万円以下で飼い殺し契約出来る球団の広告塔をわざわざ切るか?
主婦層からの支持もあり知名度も高い


25 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:52:43.40

二軍で登板機会を与えられるだけで記事になり話題になる


28 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:53:19.86

何で手術するんやろな
諦めてると思ってた


30 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:53:44.28

解雇後はもう選手としてはやらんだろしな
契約してもらえる限界までやるよ


31 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:54:33.43

なんJ民「10年契約だろ」
ハム「11年目です。実質12年目もあります」


33 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:55:10.13

鎌ケ谷にだってスターは必要やろ
鎌ケ谷に佑ちゃんロードを作ってあげるべき


34 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:55:33.18

手術しないで保存療法選んだんやろ


39 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:56:33.63

戦力外通告の番組出たら視聴率ヤバそう


41 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:56:53.74

斎藤佑樹ってドラフト1位として見たら意外とましなんだけどひとえに発言とマー君のライバルとマスメディアにピックアップされすぎたな


43 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:57:12.02

15勝もしてたんや


44 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:57:18.96

引退後ハムでは仕事しなさそうだよね


49 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:58:05.30

>>44
ハムでしか仕事ないぞ


50 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:58:16.64

なんjのキッズでも斎藤佑樹の全盛期知らないの多そう
というか信じられないやろな


67 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 15:01:04.18

>>50

 生涯において神経系が大きく発達し、最も運動能力を伸ばすことができるという『ゴールデンエイジ』。3歳から14歳がそれに該当するといわれるが、清宮幸太郎(早実3年)の両親、克幸氏(50)と幸世さんは、長男誕生後すぐに話し合い、10歳まではさまざまなスポーツを経験させようと決めた。

 3歳からラグビーはもちろん、水泳、相撲、テニス、スキーに陸上、そして野球。父の生業でもあるラグビーに最も熱中しつつ、多くのスポーツに親しんでいた幸太郎少年は、小学1年の8月に運命を左右する1日を過ごすことになる。

 2006年8月20日。その年に克幸氏が監督に就任したラグビートップリーグ・サントリーの合宿が行われていた長野・菅平を、幸太郎は家族で訪れていた。

 昼にテレビで放送されていた甲子園決勝、早実-駒大苫小牧戦の延長15回引き分けを目の当たりにした幸太郎は、両親に頼み込み翌21日、母と弟の福太郎君とともに甲子園球場のアルプススタンドに駆けつけ再試合を観戦した。

 「斎藤(佑樹投手=現日本ハム)さんが最後、田中(将大投手=現米ヤンキース)さんを三振に取った瞬間の歓声は忘れられない。自分もワセダのユニホームを着て、あのグラウンドに立ちたいと思うようになりました」

 幸太郎は後にそう振り返っている。早実の初等部だったこともあって、初優勝の歓喜をアルプスで体感。両親に「もっと野球がしたい」と願い出た。2006年8月21日は幸太郎少年にとって、“その他多くのスポーツ”の1つに過ぎなかった野球が唯一無二の存在になった日だった。

あの決勝を現地で見た清宮が当時小学1年生やからな


57 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 14:59:20.25

25勝してないから


59 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 15:00:05.34

まだトミージョン残してる
3年は延命可能


62 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 15:00:23.74

この球団はホワイトだよな


68 風吹けば名無し :2020/12/01(火) 15:01:05.41

人気でここまで続けられるのは凄いけど
選手である限り大成しないままなのが悲しい